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「まだ終わってねーし!」から20年。マクロな経済成長と、ミクロな町工場の生存戦略。

日本には、業歴の長い会社が数多く存在します。弊社もご多分に漏れず、個人創業の時代から数えると、今年でちょうど85年になります。私で3世代目です。

先日、親しい友人の社長から、ある光景について聞く機会がありました。 それは、とある非常に大きな工場が製造事業から撤退する瞬間のこと。工場内には最新の機械設備がぎっしりと並んでいるにもかかわらず、人の気配はなく、がらんとして真っ暗だったそうです。

まさに「夢のあと」のような寂寞(せきばく)たる光景ですが、経営の視点で見れば、これは「不採算事業から撤退し、次の新規事業へリソースを注力する」という、マクロ的には極めて合理的で正しい決断とも言えます。

この話を聞いた時、私はふと自問してしまいました。 「では、自分たちがこうして泥臭く『本業』を続けていることは、経済全体の観点から見て正解なのだろうか?」と。

「日本のものづくりは終わり」への反発から始まった

私が20代の終わり、今にも潰れそうだった実家の会社に戻って事業を継いだ理由は、多分に感情的なものでした。

当時、周囲の年配の方々が「もう日本のものづくりは終わりだから」と、大した努力もせず、諦め顔で口にしているのを目にしました。まだ30歳前だった生意気な私は、猛烈な反発を覚えたのです。

「は? まだ終わってねーし!」

そんな、若さゆえの怒りと意地だけで飛び込んだ世界でしたが、気がつけばそのまま20年以上もこの仕事を続けてしまっています(笑)。 そして、私と同じように「意地と努力」で本業を何とか踏ん張って続けちゃっている同世代の知り合いの経営者も、実はたくさんいます。

アプローチを変え、形を変えて生き残る

もちろん、ただ昔と同じやり方を漫然と「続けている」わけではありません。生き残るためには死に物狂いの努力が必要です。

私たちは「作って売るもの(本業)」そのものは変えていません。しかし、

  • あらゆる手を使って新しいお客様を開拓する

  • 加工のアプローチを「アナログからデジタル」へと大胆に変革する といった、時代に合わせたアップデートを常に繰り返してきました。

なんとか様々な手を駆使して生き残ってはいますが、マクロな視点――「国の経済成長」や「次の新たな稼ぐ力を創出する」という大局的な観点から見れば、「生み出しているプロダクトの根本は同じ」なわけです。これって、マクロ経済学的に見れば正しい新陳代謝なのだろうか?と、ふと矛盾に考え込んでしまうことがあります。

メディアが描く「The 町工場」の嘘

ただ、現場の経営者としてこれだけははっきりと言えます。 私たちの小規模な製造業は、やり方次第でいくらでも面白くなるし、そこそこしっかりとした利益を出すことができます。というより、利益を出せていなければ会社を85年も継続することなど不可能です。

テレビなどのメディアでは、いまだに下請けで苦しむ「下町の生活が苦しい町工場」のようなステレオタイプばかりが強調され、儲かっていない暗い側面ばかりがクローズアップされます。

しかし、本当の姿は全然違います。 前向きな社長が引っ張っている会社は、泥臭い本業の裏側で、常に何か革新的なチャレンジを行っています。世間のイメージとは裏腹に、水面下でしなやかに成長を続けているのです。

大手が大きな設備を閉め、新規事業へとピボットしていく「動」の決断も正解なら、私たちが本業のコアを守りながら、アプローチをデジタルに変えて深化させていく「静」のイノベーションもまた、間違いなく一つの正解です。

20年以上続けてもなお、この仕事は奥が深く、面白い。 まだまだ、私たちのものづくりは終わっていません。