しがらみなき「廃業寸前」からの22年。順調な事業承継と、どちらが幸せか。
「お手本」のいない、ぶっつけ本番のスタート
我が社は祖父が戦前に立ち上げた会社で、個人創業から数えると今年で85年目(株式会社化して65期目)になります。私自身は3代目社長として、今年で22年目を迎えました。
最近、地元の経営者の方々が集まる会合に顔を出す機会があり、ふと自分の「事業承継」の特殊さについて考えさせられました。
周りの若手経営者のみなさんは、代々順調にバトンが繋がってきた方々が多く、よく「うちの父親(先代)がさ……」という話をされます。しかし、私にはその感覚が分かりません。私を遺して若くして亡くなった先代の母親は、晩年は闘病生活が長く、息子ながら「本当に経営をできていた期間はあったのだろうか」と思うほど短い在任期間でした。引き継ぎらしい引き継ぎは一切なく、会社は当時、廃業寸前の状態だったのです。
29歳だった私は、半ば勢いだけでぶっつけ本番の社長になりました。最初は当然うまくいかず、売上は上がらない。小手先のコストダウンでなんとかやりくりする日々が続き、人・モノ・カネの循環がうまく回り出したと実感できたのは、ここ10年ほどのことです。
同規模だった他社との「差」を見つめて
祖父の代には同じくらいの規模だった地元の会社さんが、今では我が社の何十倍もの大企業になっているのを目にすることもあります。 「はたして、何がこの差を生んだのだろうか」
そう考えることもありますが、決して「どっちが良い悪い」という話ではありません。
代々順調に会社を成長させてきた経営者の方々には、私には想像もつかない悩みがあるのだと思います。「過去の栄光」というプレッシャーや、健在である父親との意見対立、そして長年培われた地域や業界の「しがらみ」……。外見は順調に成長している大企業であっても、社長自身がしがらみに縛られ、本当にやりたい決断が下せない環境に苦しんでいるケースは少なくありません。
一方で、我が社は規模こそそこまで大きくはありませんが、私は22年間、経営において「蓋をされたようなストレス」を感じたことがほとんどありません。「こうやろう!」と思ったことは、誰の顔色を伺うこともなく、すべて自分の決断で実行してきました。
「不安」の裏にある、圧倒的な自由
もちろん、何か大きな決断をする際、本気でアドバイスをしてくれる先輩(先代)は社内にいませんでした。失敗したら誰も助けてくれない。だから、決断の瞬間の不安感は私の方が圧倒的に強かったと思います。
しかし、50歳になった今の私の率直な感覚を言えば、「その不安を差し引いても、圧倒的に自由度の方が勝っている」ということです。ストレスなく、自分の責任で舵を取れることの楽しさは、何物にも代えがたい幸福です。
だからこそ、そろそろ年齢的にアトツギのことも視野に入る段階ですが、もし未来にアトツギが現れたら、私は「パッと辞めて、何もかも丸投げしよう」と決めています。 口も出さないし、お金も出さない(笑)。「自分で稼ぎなさい」と突き放すつもりです。それは無責任からではなく、「自分で決めて、自分で稼ぐ経営が一番楽しいんだよ」という、私なりの最大のエールです。
29歳の分岐点、そして50歳の今
今の仕事が嫌いなわけでは決してありません。ただ、50代に入り、「もっと自分の時間を作りたい!」「旅行に行きまくりたい!」という個人的な欲求が素直に首をもたげてくるようになりました。
思い返せば、29歳で社長になることが決まった直後、私は大好きなアメリカの東海岸へ1週間、一人旅に出かけました。現地でどうしても会いたかった友人に会い、やりたいことを全部やって「よし、帰ったら経営に集中するぞ」と気持ちを固めた。あそこが私の人生の分岐点でした。
あれから20年、がむしゃらに駆け抜けてきました。 そろそろ、またあの時のように「自分の時間」を少しずつ切り出していってもいい頃合いかな、と心地よい未来像を描いている今日この頃です。
