気がつくと25年。9.11。
気がつくと25年
今日、9月11日という日付を見るたび、私はあの日の光景と、皮膚にへばりつくような緊張感を鮮明に思い出します。
2001年9月11日。ワールドトレードセンターに2機の飛行機が激突し、巨大なビルが崩れ去ったあの日、私はワシントンDCにおりました。当時通っていた大学院がホワイトハウスのすぐ近くにあり、私はその目と鼻の先のアパートに住んでいたのです。
「次はホワイトハウスが狙われるらしい」
そんな噂が街中を駆け巡り、首都のど真ん中はパニックに包まれました。(※ちなみに当時の家賃は水道光熱費込みで700ドル。今思えばアメリカの首都中心部ではあり得ない安さです。)
ペンタゴンの近くに住む友人と「逃げるべきか、残るべきか」を電話で話していたその瞬間、「アパートが揺れた!」と悲鳴が上がりました。ペンタゴンへのテロ攻撃でした。
人間、あまりに極限の恐怖と緊張状態に晒されると、頭が真っ白になって何もできなくなります。テレビのニュースを呆然と眺め続けるしかなく、最後は疲労と緊張でそのまま爆睡してしまいました。夕方に目が覚めた時のあの妙な感覚は、生涯忘れることができません。
そしてもう一つ、日本人として心に深く刻まれているのが、翌日のワシントン・ポスト紙の一面です。そこにはデカデカと「PEARL HARBOR(真珠湾)」の文字が踊っていました。テロの恐怖と歴史の記憶が結びつけられたその誌面を前に、言葉を失いました。
あれから世界は変わってしまった
あの日を境に、世界は明確に変わってしまいました。 国境の自由な行き来は厳しく制限されるようになり、近年ではトランプ政権の動きやヨーロッパ各地での右派政党の台頭など、かつての「グローバリゼーション」とは完全に逆方向への分断が進んでいます。
世界中の政治や経済、こうした「巨大なマクロの潮流」は、一企業の経営者である私個人の力ではどうあがいてもコントロールできません。
激浪のような時代の変化に対して抗おうとしても、力尽きて飲まれてしまうだけです。抗えないものには、しなやかに自分自身を合わせていくしかない。経営において生き残っていくというのは、まさにそういうことなのだと痛感します。
「自分にコントロールできること」にとことん集中する
経営をやっていると、世界情勢や景気の後退、資材の高騰や原材料の品薄など、自分たちではどうにもできない問題が次々と押し寄せてきます。
そうした「自分でコントロールできないもの」に対して思い悩み、怒ったり怯えたりするのは時間の無駄です。そこは流れを受け入れ、自社を素早く適応(アジャスト)させるしかありません。
その代わり、「自分でコントロールできる部分」——日々の品質管理、顧客との泥臭い対話、現場の多能工化やデータ管理——には、圧倒的な情熱を傾けてとことん突き進む。
取り留めのない昔話になってしまいましたが、9月11日という節目に、改めて経営者としての原点と「足元の足場を固める重要性」を噛み締めています。
今週も本当にお疲れ様でした。皆様、穏やかな週末をお過ごしください。
