失敗が許されない時代。「職人が育つ余白」が消えていく。
前回の記事では、高度経済成長期の「安い価格」がそのまま引き継がれてしまい、経営的な理由から職人が廃業せざるを得ない現実をお伝えしました。
しかし、問題はそれだけではありません。今、現場で起きているもう一つの深刻な事態、それは「新しい職人がまったく育たない」ということです。今回は、なぜ今の時代に職人が育たないのか、現場の環境変化という視点からお話しします。
■ 反復練習と「グレーゾーン」が職人を育てた時代
以前の製造業の現場は、同じものを大量に作る環境でした。数をこなすことができたため、嫌でも同じ作業を繰り返す「反復練習」ができました。何度も失敗し、そこから学び、また作る。この「反復と失敗の積み重ね」こそが、どんな仕事にも対応できる圧倒的な応用力や対応力を育てていたのです。
また、当時の品質基準は今ほど高くありませんでした。厳密に言えば、検査の目が今と比べて甘かったのです。そこまで精密に検査する装置もなかったので、多少の誤差なら受け入れてもらえる「グレーゾーン」の製品が存在しました。
極端な話、昔「これぞ神業!職人芸!」と絶賛された名品を今の最新測定器で正確に測ったら、実は公差外でアウトになるかもしれません(笑)。
■ 段取り30分、作業5分。消えた「反復練習」
ところが、今はその状況が根底から変わってしまいました。
少品種大量生産の時代は終わり、多品種少量生産が主流です。つまり、同じ仕事をずっと続けるという反復練習ができなくなってしまったのです。
町工場あるあるですが、「プレスの金型取り付けに30分かかって、実際のプレス作業は5分で終わる」なんてことは日常茶飯事です(笑)。圧倒的に段取り替えのほうが時間がかかり、肝心の「加工技術を磨く時間」は削られてしまっています。
■ 失敗が許されない「歩留まり」の罠
さらに深刻なのが、少量生産になったことで「失敗が許されない環境」になったことです。少しの失敗が、歩留まり(生産効率)に致命的な影響を与えてしまうからです。
例えば、1,000個の注文であれば、5個失敗しても不良率はわずか「0.5%」です。しかし、50個の注文で5個失敗したら、一気に「10%」の不良になってしまいます。同じ5個の失敗でも、経営に与えるダメージが全く違うのです。
■ なぜ「グレーゾーン」は完全に消滅したのか?
そして追い打ちをかけるのが、かつて許容されていた「グレーゾーン」の完全なる消滅です。これには大きく2つの理由があります。
一つは、検査技術の飛躍的な発達です。人間の目では見えないような微細な傷一つでも、最新の検査装置は容赦なく「白黒はっきり」とアウト判定を下します。
そしてもう一つの、さらに根深い理由。それは「誰も責任を取りたくないから」です。
現代の製品はどんどん高度化・複雑化しており、どこに不具合の要因が潜んでいるか簡単には分かりません。さらに、メーカー側の組織も細かく分業化されています。一気通貫で製品の構造や品質の全体像を理解している人がいないのです。
だから、図面と少しでも違うところや、よく分からない点があれば、「とりあえず返品」して弾くしかありません。誰もそのグレーゾーンに対して「これは機能上問題ないからOK」と責任を取れる人がいないのです。
加えて、万が一不良品が世に出回れば、SNSなどで瞬く間に炎上してしまう時代です。たった一人の些細なクレームが大事件になりかねない恐怖があるからこそ、検査の目は異常なまでに厳しくなっています。
■ 過剰な品質重視が奪う「スピード」と「尖った魅力」
誤解のないように言えば、この「異常なまでの品質重視」が、「Made in Japan」というブランドを維持するための重要な要因の一つであることは間違いありません。
しかし、それが過剰になりすぎるとどうなるか。少しの不具合も恐れるあまり、開発スピードは極端に遅くなります。また、本来なら尖っていたはずの製品の魅力(ストロングポイント)が、「安全第一」「クレームゼロ」のフィルターを通すうちに削ぎ落とされ、特徴のない丸みを帯びた無難な製品になってしまうのです。
結果として、企画力や開発力、そして何より「圧倒的なスピード」の面で、中国などの海外メーカーに大きく遅れをとってしまう。これは日本のモノづくり全体が抱える非常に悩ましい問題です。
■ 職人が育つ「余白」はもうない
誰も責任を取ろうとせず、過剰な品質管理に追われる。これでは、作る側もがっかり、何より若手が育ちません。職人というのは本来、「失敗できる余白」の中で試行錯誤しながら育つものだからです。
失敗が許されず、反復練習すらできない。この徹底的に管理され、責任の所在が見えなくなった現代の環境下において、昔ながらの「職人」は、もはや育ちようがないと私は考えています。
では、職人が育たない、いなくなる時代に、私たちはどうやってモノづくりの現場を維持していけばいいのでしょうか?次回は、その解決策についてお話ししたいと思います。
